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アッシュフォード学園クラブハウス。 そこはランペルージと名乗る兄妹の家でもあった。 眉目秀麗、頭脳明晰、信望が厚い兄と、可憐で清楚で純真無垢、体の不自由な妹がいつもならこの時間この場所にいるのだが、今はその兄の体に異常が起きていた。17才の青少年がある日突然3才の幼児になってしまったのだ。兄はこの自体に対処するため一時この家を出たが、そのことが原因で兄に依存していた妹が体を壊してしまった。それを知ったシスコンはこの異常事態を妹に告白する決心をしたのだった。 幼くなってしまった兄・ルルーシュを連れてここに来たのはいいが、さてどうやってナナリーに説明し、これがルルーシュ本人だと理解させるか、それが難問だった。 普通に考えればあり得ない、常識はずれで荒唐無稽な話だが、現にルルーシュは若返り、こうして幼くなってしまっている。いかに奇妙奇天烈な現象だとしても彼女に理解させるしかないのだ。 ルルーシュは、こんな非現実な現象をどうナナリーに理解させるか悩んでいた。ナナリーに嘘はつけない。だからちゃんと話はするが、それをナナリーが受け入れるかは解らなかった。スザクとC.C.がいれば信憑性は上がるだろうが、体調を崩した自分を慰めるためだと勘違いしたら終わりだとも考えていた。 しかし実際には説明などする暇もなく、ナナリーは名前を呼ばれ小さな手を取っただけで、この幼児を兄・ルルーシュだと認識した。 嬉しさのあまり涙を流し始めたナナリーだったが、周りにいた全員が何も反応を示さなかったのでその表情は曇った。 「あの、お兄様なのですよね?・・・違うのですか?」 「・・・ななりー、おれが わかるのか?」 その声が僅かに震えていた。 「はい、どのようなお姿になっても、お兄様の事はわかります」 花もほころぶような笑顔で涙をこぼすナナリーは、握っていた手を離し両手を広げ「お兄様」と呼んだ。え?と驚いているルルーシュを、スザクは心得たと言わんばかりにナナリーの膝の上に下ろすと、ナナリーは嬉しそうにルルーシュをぎゅっと抱きしめた。 ルルーシュはというと、妹の膝に乗せられたショックで動揺し動けなくなった。 「お兄様、お兄様・・・!よくご無事でっ!」 「ななりー・・・」 ナナリーの声で正気を取り戻したルルーシュは、ナナリーの膝の上に座るなんて・・・こんな幸福がこの世にあったとは。ナナリー、おまえの膝は世界一座り心地がいい、まさにこの世の宝だ。やはりお前は男の、いや全人類の幸せの象徴となるべき存在なのだ!と盲愛ぶりを発揮し、頬を染め、うっとりと潤んだ瞳でナナリーを見つめた。 ここ最近見ることのなかった天使の微笑みに、スザクとC.C.の心臓はものの見事に射抜かれ、C.C.は即座にカメラを取り出すと、麗しの兄妹を撮影し始めた。ルルーシュが幼児化してからのC.C.の趣味は写真だ。被写体はルルーシュ限定だが。 ルルーシュは体制を立て直し、ナナリーの頭に手を伸ばすと、優しく撫でた。 幼くなっても変わらないルルーシュにナナリーは嬉しそうに笑った。 楽園だ、楽園がここにある。僕が守りたかったのはこの二人なんだと、スザクのテンションもまた最大限まで上がる。 話について行けない咲世子が四人の様子を茫然と眺めていると、C.C.がそれに気づき、カメラをしまうとポーカーフェイスに戻し、「さて」と口を開いた。 「よくルルーシュだと気付いたものだな。一応、説明はした方がいいか?」 ナナリーが納得した以上説明はいるのか?と思ったが、「お願いします!」と、ナナリーが強く言ったため、簡単に説明をした。 ルルーシュが出かけたあの日、遅くなったため連絡を入れた通りビジネスホテルに泊まったが、朝目を覚ますと幼児化していた。ルルーシュだけではなく、その日そのホテルに宿泊していたものが全員幼児化していた。ルルーシュは友人の中でも口が堅いC.C.にすぐ連絡を入れ、幼児化した全員を保護した。そしてブリタニアとは関係の無い機関に彼らを預け、元に戻る研究を行っていた・・・という内容だった。 「すまない、チェスのはなしは うそなんだ。おれはおまえに うそをついた」 ナナリーに嘘をついた。スザクとC.C.にも嘘をつく用に頼んだ。 悲痛なほどの後悔を滲ませながら懺悔するルルーシュの頭を、ナナリーは幸せそうに撫でた。幼い子供の柔らかな髪が手に心地い良い。 「お前たち兄妹は、ブリタニアの病院には・・・ナナリーの目と足の治療で言っている場所以外は連れていくわけにはいかないからな。黒の騎士団の協力を得て、反ブリタニア勢力の機関で研究をしている」 C.C.は迷うことなく、告げた。 黒の騎士団、反ブリタニア勢力。 その言葉を聞き、ナナリーは幼い兄をぎゅっと抱きしめた。 「そんな危険な場所に・・・お兄様」 「ななりー、ぶりたにあの びょういんより あんぜんなんだよ」 「それは・・・解っていますが、でも・・・」 自分たちは皇族。 ブリタニア皇帝の実子。 皇族の血には、一般人とは違い特殊な因子が含まれており、検査をすれば皇帝の血縁者かどうかばれてしまう。皇位を継承するとその因子はさらに強くなるといわれ、皇帝が最も強い因子を持っているという。その強い因子を持つ皇帝の実子だから、当然他のものより因子は強い。だから、貴族に降嫁した元皇族の縁のものと説明する手は使えない。それに、シャルル皇帝以外の皇族は、過去に起きた皇位継承権争いで死に絶え、今いる直系の皇族はシャルルとその子供たちだけ。だから使えるとしたら、皇帝の隠し子という手しかないが、皇室に問い合わせをされたら終わってしまう。 死を偽装し隠れ住む二人にとって、病院は鬼門。 ナナリーが通院している先はアッシュフォードの息がかかった場所だし、目と足の治療が目的のため、血液検査はしていないし、させる事はない。 万が一にも生存が知られた場合、再び政治の道具として利用されるか、あるいは今度こそ殺されるか。どちらにせよ、兄妹が共にいる事は出来なくなる。その事はルルーシュから言われている為、ナナリーもよく解っていた。 「だいじょうぶ、ぜろは みかただ」 「え・・・?」 あの、ゼロが? テロリストであるゼロが? ナナリーは不思議そうに首を傾げた。 何せここにはユーフェミアの騎士となったスザクがいる。 ゼロの敵であるブリタニア軍人にして、皇女殿下の騎士が。 もしルルーシュがゼロと通じているならば。 ルルーシュの事情を知り連絡を取っていたスザクは・・・? その時、来客を告げるチャイムが室内に響いた。 「・・・失礼いたします」 咲世子は一礼すると、玄関ホールへと足を向けた。 「きゃくか?こんなじかんに?」 ナナリーに抱きしめられたままのルルーシュは、訝しげに眉を寄せた。 ルルーシュが連れてきたのはスザクとC.C.だけ。 普段こんな夜遅くに誰かが来る事はない。 ・・・つけられたか? スザクか?それとも、黒の騎士団を? スザクは辺りを見回し、窓の外を伺った。場合によっては、ルルーシュとナナリーを抱えて脱出しなければならないだろう。丁度ルルーシュはナナリーの膝の上。ナナリーを抱きあげれば、二人とも運べるなと、スザクは二人の傍に寄り、C.C.は念のために懐に忍ばせていた拳銃に手を伸ばした。 扉の向こうから、咲世子の驚く声が聞こえた。続いて制止するような声と、足音。 やはり、敵が、ブリタニア軍が来たのか?だが、それならば玄関だけではなく、窓からも突入するべきだ。慌てて窓の外の気配を探るが、外は静まり返っているように思えた。不可解な状況に四人が眉を寄せていると、リビングの扉が勢い良く開いた。 扉を開けた人物に、ナナリー以外が驚き声を無くした。 「・・・な、なんでここに!?」 真っ先に立ち直ったのはスザクは驚きの声を上げた。 そこには、息を切らせて立つユーフェミアの姿があった。 |